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札幌高等裁判所 昭和26年(ラ)14号 決定

北海道○○郡○○町字○町○○○番地

抗告人 甲

右抗告人は、札幌家庭裁判所室蘭支部が同庁(家)第五九二号相続の承認又は放棄の期間伸長許可の審判申立事件について昭和二十六年十月十七日なした申立棄却の審判に対して、適法な即時抗告の申立をしたから、審理の上次の如く決定する。

主文

原審判を取消し、本件を原裁判所に差戻す。

理由

抗告人は、原審判を取消し、相当の理由ありとして相続の承認又は放棄の期間の伸長の許可をする旨の審判を求め、その抗告理由として末尾記載の如く主張した。

よつて記録を調査すると、申立書によれば、申立人である抗告人は自己の相続人としての相続の承認または放棄の期間伸長の許可を求める申立をしていることが明かであるが、原審における抗告人審問の結果によると、抗告人は自己の相続承認または放棄については期間の伸長を求める意思はなく数人ある相続人について期間伸長を求める理由があるから利害関係人として本件の申立をしたことが窺われるのである。こんな風に審判申立書と申立人の意図とがそごする場合には、これを明かにして申立人の申立の目的に添う対象について審判をすることが正しい行き方である。家事審判事件は民事訴訟事件とは異なり、申立書にのみこだわるには当らないと考えられる。そうだとすれば、本件については右の疑点を明かにしないで審判をした原審の処置は、審理を尽さなかつた失当のかどがあり、かつ、本件について更に審理をする必要があると認めるから、原審判を取消し、原審に差戻すを相当とし主文の如く決定する。

(裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 熊谷直之助 裁判官 臼居直道)

抗告の理由

抗告人は被相続人之乙の相続人で被相続人が昭和二十六年七月十二日死亡し相続人のために相続の開始のあつたことを同日知つたが被相続人は相続人と共に医院開業中であつた関係レントゲンその他の医療器具器械竝びに諸施設等本抗告人の支出に係るもの多く且つ昭和二十一年五月復員まで六箇年の本抗告人の応召関係もありその間の処置等分明ならざるものあり加えて被相続人在世中は殆んど財産管理その他自からなしたるを以て何等の申送りなく祖父明治初年宮城県○○郡○○町より移住し相当歳月を経たるも被相続人の本籍未だ同地に現存する処より同地にも相続財産あるにあらざるや調査の要もあり現住土地家屋も被相続人単独所有あり将亦その配偶者との共有ある等複雑を極めているので調査に意外の日数を要したものである。

よつて法定期間内に調査完了の見込が立たぬため余儀なく相続又は放棄の期間一箇月間伸長することの申立をなしたるものであるが本抗告人は現に実質医院の承認と被相続人等と同居扶養し来れる関係他の相続人等は本抗告人に一任し相続財産の調査を為さしめたものであり本抗告人は相続財産調査の結果を各相続権者に報告してその承認又は放棄の協議に入るべき責任を負担とするものであつたから該かる伸長許可の審判を申立てたものである。

勿論相続の限定承認、単純承認、放棄等は各相続人の各単独の意思によりしかも各別に決せられるものであり相続の承認又は放棄の期間も各別に進行することは一応首肯せられる処なるが民法第九百十五条但し書にも明らかに利害関係人の請求によつて期間の伸長することができる旨の規定あり同条第二項には承認又は放棄をする前に相続財産の調査をすることができる事は当然認められると思料されるが此の場合各相続人各別に直接調査することは勿論本件の如く本抗告人に一任しその調査結果を各相続人に報告協議することは一般の慣習で利害関係は相互に直接するものと解せらる随つて斯かる場合に於て本抗告人の伸長許可の申立は各相続人各別に申立せざるも自身のみに止らず全相続人に及ぶは当然なりと思料せられ代表の意図の下に為したるものであり斯かる事例は枚挙に遑なく且従前許可せられたるを見聞し来れるものなるに不拘一人本抗告人の本件に限り「理由なく棄却」せられるに於ては甚しき齟齬を来し漸くその概略の調査結果に基き放棄をなし来れる兄弟の申述書も受理せられざる結果となる虞あり著しく本人等の意思は齟齬せられ本抗告人に及ぼす利害関係大なるべし。

相続の承認又は放棄の申述に対する受理不受理は最も厳密を要すべしと思料されるも期間の伸長はより大事を取つて充分調査検討の余地を与えらるべき便宜規定と解せられ早まつて提出し去つた放棄の如きは最早撤回を許されざる程と聞及び慎重を期すこそ痛感する次第随つて請求により法の認める範囲内において可能なる限り伸長を許可せらるべきは当然と思料せらる。

殊に同裁判所は斯かる規定の運用に当つても期間満了の翌日即ち十月十三日事実調査を為し伸長不許可の棄却決定通知は十月十九日送達を受けたる事実に鑑み期日前ならば各相続人よりも同様電信にても直ちに伸長申立も可能となるにその方途さえ講じ得ざる期間後事実調査をなしたるは行過ぎた不当で違法の観念を生ずるものと確信せらるを以て本抗告人の申立期間一箇年の伸長も他の相続権者放棄申述も該決定前提出済であるから相続財産の積極調査の必要も既に消滅したので「棄却」決定送達の日迄一週間の伸長許可で間に合うこととなつたので最少限一週間の期間伸長許可の再審判を求めるため本抗告に及ぶ次第であります。

尚相続人丙は婚姻当時の本籍東京都なるも終戦直前より岐阜県○○市に居住し当然本籍も現住所ならんと調査したるも見当らず最後に当時の本籍なる事判明する等相続財産の調査打合協議照会等にも相当の日数を要したことが期間伸長の必要を招来したもので本抗告人の兄相続人丁も長野県○○市に居住する等の事実よりも本抗告人が相続財産調査を一任され期間伸長を必要とした事は事実であることを申添えます。

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